近況とか

8月20日

あれほど熱中していた女装に、すっかり飽きてしまった。でも決して嫌いになったわけじゃぁない。情熱メーターがついにゼロを指し、毎日無駄に時間を溶かしている。大袈裟に言えば、燃え尽き症候群ってやつだろうか。

他にやりたいこともなく、ベッドの上でゴロゴロとYouTubeを見て過ごす日々。何とか起き上がろうとするけれど、重力に抗うことさえ困難なのだ。

まさに干物女のような怠惰な状況であるが、ここはあえてポジティブに捉えるしかない。
今は次のフェーズに向けた充電期間なのだ。あの禰󠄀豆子のように眠ることで体力を回復し、思考をリセットしている最中なのだと。

でも、この長い眠りから覚めることなどあるのだろうか、自分でもさっぱり分からない。


8月10日

心を落ち着かせて少しでも涼を得ようと思うのだが、この煩悩のかたまりのような自分には、無理に決まっているし、かえって心の淫らな炎が熱く燃え上がるばかり。

相変わらず変化のない毎日だ。女装というか、女性の下着は日課のように欠かさず身につけているけれど、だからと言って別に興奮することもなく、パンティを眺めても、ブラジャーを手にしても、なんの感情もわかなくなってしまった。もはや女装子とは言えないかもしれない。ただの変態女性下着愛好者という感じ。

ブログに写る、燃えてた頃の自分を眺めつつ、今日も一日が終わります。


8月6日

8月4日から6日にかけて、Bloggerの規約違反という理由で、ブログの閲覧が停止されました。

早速、再審査を請求しましたところ、再開となった次第です。

今後につきましても、ブログの運営方針を大幅に変えることはしたくありません。なので、またいつ停止になるかわからない状態での運営となります。

ご迷惑をおかけしました。どうぞよろしくお願いします。


8月1日

こう暑いと、クーラーの効きもなんだかいまひとつ。出来るだけ部屋を冷やしたいけれど、直射日光が差し込む部屋はカーテンで遮光しても熱がこもってしまう。

ならば、服装だけでも何とかしようと、スカートもキャミソールも脱ぎ捨てて、シンプルにブラジャーとパンティだけの姿になる。

もうだいぶ前から、自分のそんな姿を鏡に映して確かめるようなことはしなくなった。下着を身につけている感覚さえあれば、それで十分満足なのだ。

ちなみに、このブラジャーも、正直、つけていれば鬱陶しいし、外してしまってもいいのだけれど、こればかりは女装子の性として譲れない。体が常にブラジャーを求めているし、このわずらわしさも女装の一部だと思っているから。

鏡を見ないとはいえ、それでもどうしたって自分の体の一部は目に入ってしまう。昔ならそんな眺めにもいちいち興奮したものだが、今では、はみ出た脇腹の、そのおぞましさに寒気すら覚えてしまうのだ。

まさに、この暑さを乗り切るにはうってつけだが、同時になんだか悲しさも込み上げてきてしまうのだった。


7月20日

ここのところ、折を見て着なくなった女物の服を処分しています。

最近は新しい服をほとんど買わなくなったこともあって、部屋に吊るしていた服が片付いて、ずいぶんとスッキリ! 

これまで何度、同じことを繰り返してきたことでしょう。

毎回、服を捨てる時は名残惜しく思ってしまうのですが、思い切って捨ててしまえば、後は案外どうということはないんですよね。

そして下着。特にパンティは数が多くて場所をとるので、こちらもまた整理したいと思っています。なぜか、いつの間にかまた増えているんです。

普段使い以外はタンスに仕舞い込んでいて目に入らないから、持ってないも同然だけど、それでも、ただ手元にあるというだけで嬉しいものです。コレクションって、そういうものですよね。

今どきパンティのコレクションなんて、と思われても仕方のないことですが、女装自体にはなんとなく飽きてしまっても、私のパンティ愛だけは、まだまだ止みそうもありません。


7月10日

お気に入りの曲、パッヘルベルの「カノン」を聴いていると、次第に心が穏やかになって、日頃の煩わしさとかもしばし忘れることができます。

私が感じるこの曲の世界観は、少し不思議なものです。全体が淡い色彩で、砂粒を蒔いたようにザラザラとした質感。中世的な石造りの建物が並ぶ街並み。そして、その空間全体がわずかに歪んで見えるのです。

そこはとても居心地が良い場所なのですが、周りを見回しても人の姿がありません。なんとなく生活の気配はあるのに、完全に自分ひとり。そんな感じです。(現在お気に入りで聞いている演奏から受けるイメージです)

いつもなら音楽を背景に、落ち着いて空間を漂っていられるのですが、今回に限って、なんだか急に寂しくなってしまって、すぐにでもここを出たくなり、慌てて曲を止めました。

カノンの世界から抜け出したら、少しだけ元気が欲しくなり、今度は「恋するフォーチュンクッキー」を聴いてみることに。この曲を聴いていると、元気になるというか、ああ、平和だなぁという温かい気持ちになれるので、こちらも好きな曲です。寂しさもいくらか和らぎました。

という、何の意味も結論もない、とりとめのない「ないない尽くし」のお話でした。(^^;)


7月1日

私は基本的にひとりでいるのが好きで、仕事以外は単独で過ごすことがほとんどです。

これを、人は孤独だ、寂しそうだと言うのかもしれませんが、本人にすればそんなことは全くなくて、むしろ余計なストレスが減って快適でさえあります。

ところが最近、妙な心境の変化がありまして、例えば連休などで、誰かと会話をしない状況が長く続くと、なんだか頭がおかしくなりそうな感覚に襲われて、無性に誰かと話しをしたくなってしまうのです。

これまではこんなこと無かったのに、とにかくそんな感覚が限界に達し、近所のスーパーのおばちゃんとの会話だけでは物足りず、思い余って普段は滅多に連絡をすることもない知人に電話をかけてしまいました。

もともとおしゃべりではないし、大した用事もありませんから、他愛のないやり取りでしたが、不思議と精神的な安定を取り戻すことができました。

ここで、久しぶりだからと相手の話しに乗ってあまり長く話し込んでいると、それはそれで私にとってはストレスになってしまうのですが、適当に切り上げるの難しかったです。

少しだけ誰かとつながっていたいけれど深入りはしたくない、そんな自分の身勝手な気持ちの芽生えに少し戸惑っています。


6月20日

先日、何気なく自分の写真を見て真っ先に思ったのは、シンプルに老けたなぁ...ということ。

歳相応に、素敵な人間になろうと心掛けてはいるのですが、現実はそう上手く行かないようです。

こうして今の姿を嘆いていると、まるで昔は絶世の美男だったかのようですが、もちろんそんな輝かしい過去は1ミリもありません。勝手に美化した理想の自分と、リアルな今の自分を比べて落ち込んでいるだけ。

容姿の劣化を受け入れるのは、思った以上に難易度高すぎです。


6月10日

先日、このBloggerにおけるアダルトコンテンツの取り扱いのリスクについてお話ししました。

私は、このブログがそこまで過激な内容だとは思っていません。ただ、それは毎日のように接している自分の感覚が麻痺しているだけで、グーグルの規約や一般的な基準から見れば、やはりグレーゾーンと捉えられても仕方がないのかもしれません。

今は大丈夫でも、規約の変更や判断で、ある日突然.削除されるということは十分に考えられます。この先どうなるかはまさにグーグルのみぞ知るところです。

自分としては4年間かけて育ててきたこのブログには、多少なりと愛着があります。もし削除されてしまったら本当に悲しいです。


6月1日

特に変わったことはないです。まあ、強いて言えば、今年初めてエアコンを入れたことくらい。電気代が怖いけれど、この暑さには敵いません。体調を崩して病院にかかれば、もっとお金がかかってしまいますからね。

なんだかお金の話しをするのは嫌なのですが、これが今もっとも切実な悩みです。旅行はしばらく行っていないし、特別贅沢をしているわけでもない。ただ生きているだけで、何故こんなにお金がかかるんだ、なんかおかしいよなと思ってしまう今日この頃なのです。


5月20日

最近、ブログのネタがすっかり尽きてしまい、どうしようかなと途方にに暮れています。

メインであるMajoの女装姿の投稿も、年齢による容姿や体型の衰えに直面して、いつの間にか中断してしまいました。

もともと日々の暇つぶし、大した目的もなく始めたブログなので、こうなると完全にお手上げ状態です。とりあえず今は、AIで生成した画像や動画を載せてみたりしていますが、これはどうも自分だけで楽しんでいる、ひとりよがりのような気もしています。

このまま放置状態になって、いつの間にか消滅してしまうのも、もったいないと思いつつ、これからどう進めていこうか、ちょっと思案のしどころです。


5月10日

ようやく花粉症から完全に解放され、体調も非常に良いです。大病を経験して以来、これほどまでに気力が充実しているのは初めてかもしれません。一生薬を飲み続ける必要はありますが、それを除けば、ほぼ病気以前の状態に戻ったと感じています。

とはいえ、元気になったからといって何か新しいことを始めようという考えはなくて、ただ日々の暮らしが穏やかに回っているだけで今の自分には十分なのです。

物価高などの世知辛い悩みは尽きませんが、今のところは自分の人生、こんなものかなと、この平穏を噛みしめています。

 



☆記事は順次削除していますが、こちらから過去の記事を一部ご覧いただけます。